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台湾カラダファクトリーは15店舗 ジャパニーズホスピタリティを海外へ

ファクトリージャパングループ(以下、FJG)は、アジアを中心に海外へも展開をしており、5つの国と地域で45店舗(2022年2月末日現在)展開しています。その中で初の海外進出となったのが、2010年に開店した台湾1号店でした。
今回、KA・RA・DA magでは、立ち上げて間もない新規事業の1つであった海外事業に自らチャレンジし、台湾に赴任し、事業を統括する岩村芳孝さんにインタビュー。

岩村さんは、2007年に中途入社し、日本でカラダファクトトリー晴海トリトン店店長、吉祥寺店店長、エリアマネージャーなどを経て、2012年から台湾に赴任。教育・研修、営業・運営サポートや開発などに携わり、現在は現地の責任者として台湾事業を統括しています。
また、今回は台湾の第二営業部部長、兼開発部を担う高本明弘さん、通訳兼販促担当として活躍するJedeさんにも台湾で展開するカラダファクトリーの特長や日々のエピソードを伺いました。

「手に職をもつ」ということに憧れて。

2007年に入社しました。求人冊子を見て、「手に職がつけられる仕事」という点と、接客、人と接する仕事だったので、やってみようと思って応募しました。
実は入社前に、1年くらい兄の職人の仕事(電気工事士の会社で、マンションや家の配線、器具付けなど)をアルバイトで手伝っていたんです。図面を見ながら配線を考えたり、手に職を付けてやっているのを間近で見ていて、技術を身に付けるっていいなと思いました。
2000年に大学を卒業、当時はいわゆる就職氷河期という時でした。卒業後は、やりたい仕事というよりとにかく就職できるところにとりあえず入社、すぐ辞めてしまって。その後、携帯メーカーの一次代理店で6~8年働いていたのですが、やはり接客は好きだったんですよね。

FJGに入社後は、最初は右も左も分からず当時は細かく指導を受けましたね。
その理由は、細かくはよく覚えていないのですが(笑) お客様対応で、配慮が足りないとか、そういうことだったと思います。
今思えば、毎日、たくさんの不調を抱えたお客様がいらして、先輩方も、そのお客様方への施術や接客が第一優先なので当然といえば当然だったと思います。
続けてこられた理由は、とにかく施術が、楽しかった。厳しい先輩もたくさんいましたが、お客様のためにみんなが必死だったわけで、同期入社の仲間や同僚にも恵まれて相談相手になってくれましたし、家族のようでしたね。

2007年入社後、技術研修を受けてから、カラダファクトリー晴海トリトン店に配属、2010年4月、カラダファクトリーマルイ吉祥寺店の店長として新店立ち上げに携わりました。その後、エリアマネージャーになり、2012年に台湾店に配属されることになりました。

海外赴任のきっかけは、「海外に興味がある」という漠然とした理由。

 2011年くらいだったと思います。エリアマネージャー会議の時に、上司から参加者に向かって「海外赴任に興味があるスタッフはいるか」というような質問があったのですが、本当に漠然とした気持ちで「興味、あります」という風に手を挙げたのが全ての始まりですね。まさか、すぐに着任するとは思わなかったですけどね(笑)。

会社では2010年頃から台湾出店の準備が進んでおり、その頃すでに2店舗営業していましたが、まだまだ新規事業という扱いで、私が着任した2012年頃は運営も安定していない状態。最初は、文化の違いに戸惑うことばかり。日本人スタッフも、台湾現地採用のスタッフも、お互いに動きたいのに動けないといったフラストレーションを抱えていたように思います。
日本人は気を遣い、遠慮しすぎている気がしましたし、台湾の方はみなさんしっかり自己主張するんですね(笑)。

もちろん、私がメンバーに入ったからといってすぐに関係性が築けたということはありません。
とにかく思ったことを溜めずにその場で聞く、言う、話す。特に、日本人同士で固まったりしないようにするなど配慮してきたつもりです。
オープンマインドになって、信頼してもらえるように少しずつコミュニケーションをとっていきました。日本のエリアマネージャー時代もそれなりに大変だったと思うのですが、仲間とのチームワークはあったんですね。それをよく思い出し、同じことをしていこうとイメージしていきました。

出店に関しては、着任して数か月目には3号店ができました。
5号店目で初めてショッピングセンターに出店、そこから大手デベロッパーからもお声掛けいただけるようになり、さらに加速していきました。
数年後、徐々に指揮命令系統がシンプルになってきた頃でしょうか、スタッフと個別にご飯に行ったり、たくさん喧嘩をしたり、笑い合うこと、話す機会も増え、理解してくれる人が出てきて、やっと軌道に乗ってきた形です。

コミュニケーションは、穏やかな表情と分かりやすい表現で。「空気」は通じない。日本人代表として、誤解のないようしっかり聞いて、しっかり話すことを心がけました。

台湾のスタッフのみなさんは、いい意味では本当にパワーがあります。逆に日本人では言わないこともしっかり主張してくれます(笑)。そこに慣れるのに時間がかかりましたね。
日本人は控え目で、忍耐強いし、自分から先に潔く謝ったりすると思うけど、対照的に海外ではわりと自分のことは自分で守るというか、「自分のせいじゃない」という主張もしっかりするスタンスが普通。日本人同士のように「空気」は通じない。もうとにかく話すしかない。
施術や運営面での専門的な話となると、通訳スタッフを介して話すことも多いので、強い口調とか怒り顔になっちゃうとそれだけでマイナスイメージになります。もともと強い口調で指導することは好きじゃないですし、誤った印象が伝わってしまわないよう、怒ったような表情は厳禁。穏やかな表情と分かりやすい表現を心掛けて。文化的にも自分の態度で「日本人」の印象が固定してしまわないように気を使いましたね。

いま、台湾にいますが、日本から離れたからこそ、仲間の存在を感じます。
続けてこられたのは、一緒にエリアマネージャーをしていた頃の仲間がいたから。

孤軍奮闘していた時に、本当に大変だな、と思うこともありましたけど、日本にいたときの仲間、一緒にエリアマネージャーだったメンバーや、海外事業部で別の国に赴任しているメンバーがいたから、ここまでやってこられました。
日本時代や着任当初は、判断に迷った時にはアドバイスがもらえたり、落ち込んでいる時には電話をいただけた時もありましたが、今となってはそんなことは出来ません。
今は、自分が判断に悩んだり、落ち込んでいたら他のスタッフが不安に思うでしょうし、モチベーションが下がってしまいます。台湾で、FJGグループの一つの会社の事業をやらせていただいているという感覚と、プレッシャー、大きな責任とやりがいはいつも感じています。
だからこそ、日本時代や台湾での着任当初時代、多くの方に支えてもらっていたことを実感します。最近ではより一層、日本でのエリアマネージャー時代の仲間とのやりとりを思い出します。

これから、どこか新しい国にカラダファクトリーが進出するとなったら、ぜひゼロベースで立ち上げをやってみたいと思う。

(写真:家族との休日。ついてきてくれた家族と、台湾の同僚たちに、いつも感謝)

カラダファクトリーで整体師をやっていて、本当に良かったなと思える時というのは、ありきたりですが、お客様から「ありがとう」って言われること。そこに尽きますね。
人によっては「どこに行っても良くならなかったのに、楽になった」って言ってくださったり、自分の施術で「良くなった」「ありがとう」って言ってもらえるのは今でも嬉しいです。
事業全体や営業活動のほうに携わることが増えましたが、そうやって現場でお客様の声を聞くと本当にこのお店を、整体師という職人業をやっていてよかったなと思いますね。
そして、家族と同僚たちにも感謝しています。ついてきてくれてありがとうって伝えたい。
大きな夢というのは考えたことがないですが、もしこれからどこかまた新しい国で立ち上げをやるということになったら、ゼロベースでやってみたいと思います。

マッサージ大国の台湾でも違いは歴然。カラダファクトリーのお店はオープンスペースで、明るい。-台北市出身の高本明弘さん

私は、父が日本人、母が台湾出身です。台湾で幼稚園は日本語学校、それから中学校まで台湾にいて、高校~大学卒業までアメリカ合衆国のボストンにいました。ボストンでの就職イベントにFJGが出展していたこと(当時)があり、声をかけていただいて2016年4月に入社しました。
目標は、企業の国際事業部に入社し、なるべく海外で活躍できる会社にいきたいと思っていました。できればまずは台湾で働きたい。FJGは、条件がぴったりでした。
まず台湾でアルバイト入社し、日本で2か月間の技術研修を受けました。台湾に戻り店舗配属、今は台湾の現地法人である身體工場で、第二営業部の部長兼、開発部で勤務しています。
2020年のコロナ禍が始まってからは新たにYouTubeチャンネルも始め、施術コースの紹介やお家で出来るケア方法やお店の紹介などにも取り組んでいます。

(写真:日本のサロン同様に展開/台湾KA・RA・DA factory信義店)

FJGの第一印象ですが、この業種で海外展開もしていて、世界に行けるんだ!という驚き。
台湾はマッサージ大国といわれますが、カラダファクトリーは、確かに他のマッサージ店とは違うと思いました。カラダファクトリーのお店はオープンスペースで、明るい。
日本企業は教育に対して厳しいという印象がありましたが、入社してみて、本当に厳しいと感じましたね(笑)。みなさん優しかったんですが、技術とサービスに関しては、厳しい。

社会人として初めての会社でしたから、「こんなところにまで、気を遣うのか」と、まずそこに驚きました。私は、台湾生まれの日本人ですが、日本文化については日本人学校しか知らなかった。高校・大学時代をアメリカで過ごしましたから、まだ頭の中にアメリカの思考が残っていたんですね。大学時代のアルバイトは大学の構内のレストランでしたし、日本式の価値観やホスピタリティの意識は全くなかったんです。
お店の掃除では、髪の毛一本残さない、拭きなさいと(笑)。タオルの畳み方、スリッパの揃え方とか。社会人としての身だしなみまで。そう、出勤するときサンダルを履いて行ったら店長に叱られたりしましたね(笑)。
台湾での研修後、2014年の春に、日本に来て、横浜の研修所で、新入社員数百人と一緒に約3か月間の研修を受け、神奈川県のカラダファクトリー相模大野店でOJTの経験もしました。日本は、台湾よりもっと厳しかったですね。今思うと、技術に対する緊張感は必要な経験だったとは思いますが、サービス・ホスピタリティに関しては思っていたよりずっと厳しく感じました。

どうして続けられたかというと、自分も負けず嫌いなところもあるからかなと。研修生時代、ここでギブアップしてしまったら社会人として最初に自分で選択したこの会社を裏切る気がしたんですね。それに、自分自身も裏切られた気がしてしまうと思いました。ここで諦めちゃったら、これから別の会社で働いてもたぶん続かないかな、と思ったんです。今この大変さは、ただ、文化の違いだって、その時から分かっていたので。

当時は、まだ日本語があまり上手ではなかったと思うんです。台湾にいたときは家では日本語でしたが、高校生活からずっとアメリカにいたので、うまく日本語が出てこなかった。
他の日本人の同期から見ると、私は外国人っぽかったと思う。それでもみんなは優しくしてくれて、先生も指導してくれたし、助け合ってくれました。話を聞いてくれたり、ご飯を一緒に食べたり。
それで会社に残ろうかな、諦めずにやって行こうと思っていましたね。技術やサービスに関しては自分にない価値観だったのですが、周囲の方の人柄は本当に優しかったんです。

カラダファクトリーの仕事って、施術だけではない。関わる全ての方との対話があり、結果的に精神面のケアにもなっていることがある。

整体師として、お店での施術・接客も行っています。
他の台湾のマッサージ店と、店内やスタッフの明るさ、サービス面の違いを感じて来てくださる方が多いようです。
技術はもちろんのこと、サービス面も細かく指導していて、挨拶、元気さ、明るさも大切。もちろんお客様のスリッパも揃えます!日本と台湾では、ご来店される方の文化や気質の違いがあると思いますが、お客様が他社との雰囲気・サービスの違いを感じてくれるポイントですから、ここは日本式サービスの徹底が基本です。

お客様とのエピソードですが、整体技術(A.P.バランス®)を習得して間もないころ。
ある40代くらいの男性のお客様がいらっしゃいました。数年来、かかとがつらい、歩いても座っても寝ていてもつらいという方でした。
その時、色んな事を考えて、骨盤調整をしたんですね。最後にベッドから降りたお客様が、すぐに「あ!よくなった!」という声、ぱっと明るい表情に。
数年通っていて、色んなところに行ったとお客様自身も仰っていたのに、私自身、カラダファクトリーの教えていただいた技術をもってこんな反応があった!やはりカラダファクトリーって違うんだ!と実感しました。
骨盤や脚のゆがみが関連しているんじゃないかなと思って対応したのですが、お客様自身のその一瞬の表情と声の驚きで、逆に自分も感動したことがありました。
そのお客様は、お店を出るまでずっと「ありがとう」と繰り返して仰ってくださいました。

また、親子連れで、お母さまとお子さんの2人で来てくれていたお客様がいらしたんですが、
お子さんが5歳くらい。ようやく幼稚園に入ったというくらいの年齢でした。お母さまが骨盤調整を受けていただきながら、お子さんと話をしていて。
5歳のお子さんって、まだシャイなところがありますよね。うまくお友達ができないとか、初めての人と話せないとか、お悩みを打ち明けてくれました。数回ご来店いただいた時に、ある時、「お兄ちゃん、お友達ができた!」って嬉しそうに教えてくれたんです。
こういう日々のやりとりが、まさにカラダファクトリーなんだって改めて思いました。

それから、今後の夢と目標ですが、開発部なので台湾全土にカラダファクトリーを広げていきたいです。いまは台湾の一部、首都の台北しかないので、高尾市など。いま台北で15店舗ですが、東西南北で今の倍の店舗数、30店舗の規模にしたいですね。そしていつか、岩村さんのように本部長として台湾だけでなく海外で活躍できる人材になりたいです。

販売促進を担当するほか、通訳としても活躍しているJedeさん
カラダファクトリーは、本当に人を大切にしています。整体師という仕事は、人の気持ちをとても大切にしなくてはいけません。

大学では日本語を専攻し、新卒で2019年4月に入社しました。ここは、日本人スタッフも多くいるから勉強になるし、会社の雰囲気が明るいので楽しく働けると思いました。
一番メインの業務は、販売促進(キャンペーンやデザイン)、それから通訳をしています。
日本語学科を選んだ理由は、家族の影響もあるかもしれませんね。子供の時から日本の番組を見ていました。台湾の子供は日本のアニメや漫画を見ることが多く、日本に対して親近感があるんですね。家族の反応ですが、日系企業に入社したけど、意外と優しい人たちが多くて楽しそうに働いているね、と思ってくれているようです。よくドラマを見ていると、日系の企業のイメージとして厳しくお説教をされたり怒鳴られたりという認識があるようなのですが(笑)、まずないですから。

カラダファクトリーは、本当に人を大切にしています。整体師という仕事は、人の気持ちをとても大切にしなくてはいけません。技術はもちろん重要ですけど、お客様の気持ちをちゃんと分からないといい先生にはなれません。
いつも私が研修で通訳する時には、ホスピタリティについて丁寧に説明をしています。
入社すると、最初はみんな技術ばかりを学ぼうとするのですが、実際は、お客様とのコミュニケーションが一番大事かもしれません。
いくら技術が高くても、先生の想いをお客様に届けられないともったいないですよね。

私はもともと、そんなに健康意識がなかったんです。運動は全然しなかったですし、甘い飲み物ばかり飲んでいました。でも、カラダファクトリーで働き始めて、健康に対しての意識が高くなりました。
座っている時も自分の姿勢に気を付けるようになりましたし、早く健康に気づけてよかったと思っています。

また、お客様やスタッフとの出会いの中で、受付にいるとき、日本人のお客様に対して通訳することが出来たとき、「あなたがいてくれたから先生の言っていることが良く分かった」と、私のことを名前で呼んでいただけたことがありました。そういうとき、カラダファクトリーで働いていてよかったなと思って、本当にやりがいを感じますね。

身體工場 股份有限公司(台湾)

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岩村 芳孝(いわむら よしたか)

1976年生まれ。東京都出身。2000年大学卒業。2007年5月FJG入社。
カラダファクトリー晴海店店長、カラダファクトリーマルイ吉祥寺店店長を経て、2010年10月東京・埼玉エリアマネージャー。
2012年4月身體工場股份有限公司(台湾カラダファクトリー)に着任し、サロン営業、研修業務を担当。
2016年7月身體工場股份有限公司董事長(台湾カラダファクトリー部長)就任、事業全般の責任者となる(現任)。

高本 明弘(たかもと あきひろ)

台湾身體工場第二営業部 部長 兼開発部
1988年生まれ台湾出身。中国語、日本語、英語を習得。2014年アメリカの大学卒業後、2014年4月に新卒入社。
2014年7月に身體工場股份有限公司(台湾カラダファクトリー)に転籍。同年9月に身體工場復興店店長、2015年8月に復興店と南港店の統括店長と開発部を担当。2020年から現在は5店舗の管理をする第二営業部部長(現任)。

杜秉鈺Jade(ドゥ ビーン ユイ)

2018年、北海道の小樽のホテルで一年間インターンシップを経験。大学卒業後、2019年4月身體工場股份有限公司(台湾カラダファクトリー)に新卒入社。
本部で主に通訳(研修・会議・面談)と翻訳、2020年からは販促企画、デザイン制作、YouTubeの動画編集にも携わっている。

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